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みんなの「アウトドア」ブログ


休日〜子供達のアウトドアデビュー〜(#278)

2016/08/16 10:42
やっと夏休みが来ました。
かつては山男でアウトドア小僧の私と、私に引きずられて山ガールになった我が嫁ですが、長女ポニョが誕生してからと云うものの、アウトドア遊びからはとことん遠ざかっておりました。

私「来週からパパも10日間夏休みだよ。何して遊ぶ?」
ポニョ「川で泳いだり、キャンプして遊びたい♪」
私「川?海じゃないの?」
ポニョ「死んじゃったバアバ(私の実母)のアルバムに、パパがロープ使って滝を登ったり、川で滑り台してる写真あったよ。ポニョもやる!」
私「沢登りの事ね。う〜〜ん・・小川谷(丹沢)はムリだよな・・」

思いついたのは、昔遊びに行った那須・木の俣渓谷。
沢登りでは無いけど渓流で自由に遊べるし、ここなら次女ガーちゃんも大丈夫でしょう。
10年振りにキャンプ用具を引っ張り出して那須へ出発!

木の俣橋から見た渓谷。ここに来るのは20年振り位かな?
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水温が低いせいか??ガーちゃん(次女)は水に触れようともしません。
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大喜びの長女ポニョ「とっても冷たいけど気持ちいい♪」
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ガーちゃんはずっと嫁さんにへばり付いたままでした(苦笑)
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川で遊んだ後は、近くにあるお気に入りのキャンプ場へ・・。
ここはサイトフリーで、設備は水場とトイレ程度。
電源・照明などが設備された日常生活と何ら変わらないオートキャンプ場が大嫌いな私には天国です。
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テントとタープ張るなりビール飲んでご機嫌になってしまって、キャンプ場で撮れてた写真はこれ1枚きりでした。
大泣きするだろうな〜と思っていた次女(2歳)が、テントですんなり昼寝したのにはビックリしました。
次はお泊りキャンプしたいね!!
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休日(俺らのキャンプ場)(#258)

2013/11/12 21:37
先週末は、休耕地を貸して呉れている地主さんの畑で遊ばせて貰いました^^

休耕地を好きなように使わせて貰っている対価は金銭ではなく、私達の「あてにならない労働力」です・・少しは貢献しないと(汗)
今日は里芋掘りだよ〜♪
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トトロだよ^^
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あてにならない戦力一号・二号(嫁さん&長女ポニョ)の芋掘り開始
3号の私は記録係と遊軍です(笑)
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収穫だよ!!
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労働力貢献どころか、掘り出した里芋他野菜を食べ切れない程沢山頂いてしまいました。

夕方近くに貸して頂いている休耕地へ移動。
コンクリブロックを半分埋めて、U字を乗せます・・・焚火台兼、調理台にするのだ。
U字は近々に追加するつもり。
もっと大きいのを焚火台として、そして小さいのを焼き鳥台として装備したいな・・。
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早速、火を起こして、地主さんからもらった乾燥トウモロコシでポップコーン作り。
「美味しい〜!」長女ポニョは大喜び♪
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「あてにならない戦力3号」である私もアウトドアなら役に立つと、久々に家族に認識して貰えた様子^^
来週も遊ぼうね!!
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俺らのキャンプ場とAAV7(#257)

2013/10/28 21:05
4月に越して来てから、週末に家族揃って近所を散歩するのが習慣となりました。
自宅周辺は農家が多く、知合いになったお百姓さんから朝採り野菜や鶏卵を分けて頂いたりと、楽しい散歩です♪
格段に親しくなった地主さんの好意で、休耕地を貸して頂ける事になりました!

夢であった「俺らのキャンプ場」を作るど〜〜!!!
「好きなように使いな」と言われた土地は1500平米位(!)あるのですが、そんなに要らないので10m×20m位をホームセンターで購入したアルミ棒で仕切りを入れます。
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「チューリップが好きなの」
長女ポニョのリクエストで球根を仕切りに沿って植えます。
園芸に疎い私達夫婦で上手く開花するかな〜??
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幼稚園で砂遊び程度しかしないポニョは泥んこ遊びに大喜び^^
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物置・貯水槽・バーベキュー台などを少しずつ自作して行くのが楽しみです^^
春完成を目標にして、友人達と大宴会をするのだ!!
週末の楽しみが増えました〜♪

陸自にAAV7が試験導入されました。
エンジン等改装されているとは云え、40年も前の古臭い車両を導入するのは如何なものか?とは思うのですが、島嶼防衛に水陸強襲車両が必要なのも事実です。
ど〜せアメリカの圧力で、このまま大量導入するんでしょうが、試験車両を参考にして新型車を独自開発して欲しいものです。
・・・ってコトで、在庫山から取出したAFVクラブ製AAV7を陸自風に作成しようかと。
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このキット「内部は好きなようにしなさい」とばかりに、モールドやピン穴が仕込んであります。挑発に乗ってデッチアップ開始。
プラバンを使用して、テキト〜工作中。実機とは全く違うので参考にはなりませんヨ!
ゴチャっとした雰囲気出せれば良いのだ。
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新規、後方装備品調達と修理(#241)

2013/06/11 13:07
今日は会社をサボッ・・・いやいや代休取ってお休みです。

我が娘ポニョが、ここ最近「キャンプに行こう!!」と騒いでいる。
原因はコレ・・・。
1/20ラピュタ用ビネットに製作していたテントを、シルバニアの玩具に提供したのがツボにハマったみたい。
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apuroさん、いただいたランタン大活躍ですよ〜^^

そう云えば、子供が出来るまでは毎月のようにキャンプ用具を車に積んで出掛けていたよな〜。
ポニョも大きくなったし(5歳)、キャンプデビューさせるか!
っと思い立ちまして、早速用具チェック(これが一番楽しいのだ♪)
・・・あらら〜、我が相棒のEPIストーブのゴトクがポッキリ(涙)
明らかな金属疲労だね。おまけに発火装置も利かなくなっています。
このストーブは18歳から4年間、山岳救助隊でバイトしていた時に、個人装備として支給されていた愛着あるモノ。
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・・・で、壊れたストーブは修理にかなり時間掛るとの事だったので、新ストーブを購入。
軽いし(以前の半分位の重さ)、火力も安定していて気に入りました。
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キャンプが楽しみだ♪

修理ついで・・・。
37年前に祖父が亡くなった時に、形見として貰ったオメガ・シーマスター。
祖父が初任給で買った宝物だったそうで、敗戦で満州から身体一つで引き揚げる最中も、この時計だけは手放さなかったとか・・。
ずっと大事に使っていたんだけど、リューズを巻くと文字盤がカタカタ揺れだし、修理依頼。
店員さん曰く、古い時計なので(1930年頃かな?)、スイス本国で修理となりますとの事。
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先日修理完了して手元に帰って来たんだけど、大事に使っていて呉れてありがとう〜みたいなメッセージ添えてあり、ちょっと感動。
新しい時計が買える位の修理代だったけど満足^^
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遭難事故に想う(#211)

2012/05/09 22:47
今年も春山で遭難事故が相次ぎました。

遭難事故の報道に接する度に疑問に感じる事が2点あります。
まず1点目・・・マスコミが初回報道で「安易・軽率」と結論付けてしまい、その後原因分析が無いままである事。
全ての遭難事故が安直な入山が原因のハズないではないか・・・と。
遭難事故を起こしたリーダーは過失傷害又は致死罪に問われる可能性があるのです。社会的影響力のあるマスコミが「また軽率な登山者が・・・」などど安易なレッテル付けをして済ませるな!と言いたい。
2点目・・・軽率な入山が原因と思われる遭難事故が増えているのも事実だと思います。最悪の事態に対処出来るノウハウが無いまま実力以上のアタックを行っていたり、自分の体力不足を認知しないで入山した末に起きる事故が多いような気がします。

まだ警察の捜査が済んでいないので結論付けるのは危険ですが・・・。
私が疑問視した典型的事例が、白馬岳で起きた北九州市の男性6人が亡くなった遭難事故です。
事故直後の朝日新聞報道(5月6日)では「中高年登山」「夏山装備」を強調し、無謀登山の典型を訴えた様な記事でした。しかも1面と社会面両方で記事を組んで「安易」を強調している雰囲気。
私自身、第一面を読んだ時は「ずいぶん安易無謀だな〜」と思いました。
しかし、ネット等で報道が進んで行くウチに「?」が連発。
パーティー・リーダーはヒマラヤ経験者との事・・・「???」
「ヒマラヤ経験」といってもカトマンズ周辺をトレッキングした程度?
それとも、ご高齢による「痴呆気味」で冬山認識が甘くなっていた?
朝日新聞ではその検証・疑問もないまま周辺取材、詳報無しのまま。

今日(8日)、ネットで見つけた記事では・・・。
北ア遭対協の隊員が現場に入りザックなどの遺留品を回収。
ザックには春山用の羽毛ジャケット、冬山用ズボン、登山用下着、予備手袋の他装備がパックされており、簡易コンロもツェルトもあっとの事。
5月の北アに耐えられるかの疑問もありますが、全くの無防備登山では無かったようです。

行動開始時は好天で気温も高く、軽装で十分行動出来たのだと思います。
在る程度の装備を持っていながら遺体発見時はレインウェアにシャツの軽装だったとの報道から、(高齢である事から)激しく疲労し、天候急変に対処出来ない程に低体温症で判断力を失っていたのではないかと思います。

大変気の毒ではありますが、北九州パーティはご自分達の残存体力を良く見極めた上で、余裕を持って行動して欲しかったと思います。
報道が事実であれば、午後1時半に小蓮華下で行動しているのはペースが遅すぎると思います。
雪山登山は特に、最悪の事態を考えて装備・行動しないと、悲劇に遭う確率は非常に高くなります。

私自身、学生時代に北アルプス山岳救助隊でバイトしていた経験があり、数多くの遭難事故に接して来ました。
雪山で友人を失った経験もあります。
救助要請を受ければ、どんなに危険な状況であれ隊員は助けに向かわなければなりません。
隊員達はそれが任務であると言っても、彼等も命が掛かっているのです。
ヤマと真剣に格闘した末の敗戦による救助要請であれば、隊員達の苦労も報われます。
でも、最近は「ちょっと自分にはムリみたい」とか「靴擦れが出来て歩けない」なんて救助要請が頻繁に入るとか・・・(昨年の救助隊忘年会で現役から聞いた)。

あの植村直己氏や加藤保男氏ですら、ヤマで亡くなっているのです。
ヤマを良〜〜く学んで、しっかり体力付けて「自分のケツは自分で拭く」をモットーにして登山を楽しんで欲しいと思います。

お亡くなりになられた方々の、ご冥福をお祈りいたします。
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休日(#203)

2012/03/13 22:34
とっても久しぶりの更新です。
会社の会計年度末という事もありまして大忙しでして、帰宅時間は午前様が殆どの状態。
模型もブログも触る余裕が無い状態です・・・。
私が社会人になった頃と違って、徹夜や休日出勤が殆ど無くなっただけ、随分ラクな勤務環境です。

この週末(9〜10日)は嫁さんと娘が里帰り(といっても近所なんですが)しまして、私にとって久しぶりの完全フリー♪
金曜夜、帰宅して「さ〜て、模型作るぞ!」
・・・・と机に向かったものの全く手が動かず、ぼ〜っと約1時間・・・。
「さて、オレ何したいんだろ??」
スキー・サーフィン・登山・・・今の私には到底ムリな遊びばかり。
キャンプ・釣り・・・これだ♪
天気は荒模様だけど、釣れなくでも良いから出掛けよう!
車に釣り道具・キャンプ用具を放り込んで、出発!!

午前3時頃にお気に入りの釣り場、金谷に到着。
雪混じり強風で釣り竿を出す気にはなれず、車内で寝袋に潜り込んでヘッドランプの灯りで文庫本を読む。
とても幸せな気分・・・いつの間にやら眠っていました。
5時半頃に起床。
釣り人は私だけだったので、思いっ切り竿並べて雨の中釣り始めます。
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始発フェリーが出港した頃、やや天気が落ち着き始めました。
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EPI出して、インスタントラーメン&缶ビールで朝食♪
煮えて行くラーメン眺めていたら不覚にも涙が出て来てしまいました。
「これが事故に遭って以来、ず〜〜っとやりたかった事だったんだ」
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自分でもビックリ釣果です♪
石鯛は初めて釣りました(約40センチ)・アオリイカ(約40センチ)・メバル4匹(15センチ)
石鯛・アオリイカは刺身にして食べたけど、とっても美味かった♪
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翌11日・・震災から一年経ちました。
近所の公園の風景です。
この公園の砂場がホットスポットとして大騒ぎになり、大きなビニール袋に砂を詰め込んだのが昨年11月の事。
それ以来、この砂袋は行き場を失って放置状態です。
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砂袋に付けてある警告文。
小さな子供が遊ぶ場所にこんなモノ何時まで置いとく気なんだろうか?
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被災された皆様が早く平穏な生活が送れる様になる事を願っております。
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剱岳(#202)

2012/02/12 18:27
Tさんと出会ったのは、13年前5月連休の北ア剣岳でした。
当時私は山岳スキーに入込んでおり、友人Hと二人で剱沢小屋キャンプ場をベースに、真砂沢や前剱等を滑って遊んでおりました。
山頂アタックの無い私達は、1日1本滑ったら、その後は大宴会^^
なんせ、95L超大型ザックの大半が酒・食糧というキ○ガイ沙汰。
その日の私達のメインディッシュは、担ぎ上げた天ぷら鍋で揚げる天ぷら料理。
一方、私達の隣にテン張ったTさんは、パーティーメンバーJさん・Mさんの方針なのか、ジフィーズ中心のもう修行の様な貧相ぶり。
熱い視線に気付き「一緒にビール飲みます?」と声掛けると、もう彼等3人大喜び!
私達が揚げる天ぷらを頬張りながら口々に「こんなトコで揚げたて食えるなんてな〜!お前等(私達の事)バカだね〜」と最大の誉め言葉。
Tさんは「美味い〜!」と涙を浮かべて叫んでいました。
「良いヒト達と知合えたな・・・」
3人共に私よりも10歳先輩でしたが、彼等との付合いは下山してからも続きました。

それから3年・・・。
Jさんより「Tが剱に入ったまま降りて来ない」との凶報が届いたのは、結婚を翌月に控えた10年前の昨日、2月11日の事でした。
学生時代、山岳救助隊に所属していた私は多数の遭難事故を見て来ていたのですが、親しい人間が遭難するのは初めての経験で、激しく動揺しました。
「何を置いても助けに行かなくては・・・」
「結婚控えているんだし、他の仲間や県警に任せろ」という周囲の反対を押し切って、彼が所属していた山岳会中心の捜索隊に参加しました。
「未亡人にしないでね」のたった一言で見送ってくれた彼女(現、嫁さん)がホントありがたかった。

厳冬期の剱は想像を絶する世界であり、Tさんの捜索よりも自分が生きる事に精一杯の環境でした。
始終吹雪いて、ホワイトアウトと小雪崩が起き、ラッセルしてもしても周りの積雪が崩れるだけで一向に前に進めない。
先頭を交代しながらラッセルするのですが、1人15分漕ぐのがやっとで、進めるのは5〜10メートルがやっと。
「生きて帰られるだろうか?ヤマが怖い」と初めて心の底から思いました。
何の手掛かりも得られないまま室堂まで降りて来て、暴力的ともいえる剱岳の猛威と、Tさんを見つけられなかった敗北感に全員が打ちひしがれていました。

「これ以上、皆様を危険な目に合わせられない。ありがとうございました」
Tさんの父親の言葉で捜索救助活動は1週間で打切りとなりました。
雪解けを待っての遺体捜索への方針転換です。
5月連休の捜索会には、私を見捨てずに待っていて呉れた嫁さんを雷鳥荘まで連れて行きました。
「こんなキレイな山が人の命を奪うなんて信じられない」ヤマ初心者の嫁さんは初夏の降雪に驚き、星空の美しさに毎晩見とれていました。
雷鳥沢でTさんのシモン製ピッケルを発見した時には遺体発見も近いか?と皆が興奮したのですが、それっきり手掛かりは出て来ませんでした。
剱に入ってTさんを捜すのが、5月の大型連休の恒例行事となりました。

やがて月日が経つに連れて、捜索メンバーも一人二人と減って行き・・・。
私自身も子供が出来たり、会社での責任が増えたりと、捜索活動参加が苦しくなって来つつあった09年捜索(7年目)は、Jさん・Mさん、そして友人H、私の4人となってしまいました。
こんな少人数では捜索活動等出来るはずもなく、殆ど慰霊山行と化してしまい、室堂〜剱御前〜剱沢周辺の各小屋を挨拶して回り、情報提供依頼のビラを置くのが精一杯でした。

その秋、Jさんの奥さんの発病、私の交通事故による受傷等トラブルが重なり、ついに捜索活動は中断に追い込まれてしまいました。


ご両親の気持ちも、行方不明から満10年を区切りと出来たのか、Tさんの葬儀が昨日執り行われました。
「Tさん、探し出せないでごめんな。オレTさんと同じ44歳になったよ」
と心の中で呼掛けながら手を合わせる。
Tさんのご両親から「本人が見つからない状態で葬儀を挙げる事に抵抗があり、延引しておりました。心の整理が付くのに10年間も掛ってしまいました。私達のせいで長時間皆さんを苦しめる事になりまして申し訳ございませんでした」との挨拶が悲しかった。

行方不明になってから10年・・・長い歳月が経過しての葬儀。
肩の荷が降りたのか、ご遺族も含めて参列した全ての人々がホッとした表情だったのが印象的でした。

法要後・・・Jさん・Mさん・友人Hの4人で、お気に入りのお店「渋谷 肉横丁」で打上げ。
横丁内のタイ料理店でこれまたお気に入りの酒モンシャムに酔いながら、4人でもう一度剱に行く事を約束しました。
リハビリ頑張らないと!




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陸上自衛隊 89式装甲戦闘車作製 #10 (vol.93)

2011/03/01 15:02
「北アルプスの稜線で滑落しそうになったら、必ず富山県側に落ちろ。どんな場所であっても必ず日本一の富山県警山岳警備隊が助けにきてくれる」って学生時代に山岳部の先輩から教えられました。私も同じ言葉を後輩に伝えたっけなぁ・・・。
その富山県警山岳警備隊の隊員が剱岳の池ノ谷ガリーで雪崩に巻き込まれて遭難しました。
隊員の内一人が心肺停止状態で救出されるのを待っているとの事。
冬の剣岳はヒマラヤ登山経験者でも躊躇する程のハードなヤマです。救出活動には非常な危険を伴います、全員無事で帰還される事を祈るばかりです。

会社の休暇を利用して、友人達と剣岳を目指したある日の事・・・・。
今回警備隊の遭難事故のあった「池ノ谷ガリー(「ガリー」とは「岩の溝」の事)」は私も何度か通過した事がある。
ここは斜度はそれ程でもないんだけど、浮き石が多くてザイルロープが触れただけで落石が起きるので、かなり怖い。
私達が登攀した数日前に起きた事故では、遭難者に落石が直撃したらしく、粉々になったヘルメットの破片や髪の毛が付着した岩を見つけて重たい気分。
 
ブルーな気分で登っていたら、突然「落ちた!!」って叫び声。
「ここじゃ避けられない!」っと思いながら岩壁にへばり付きながら見上げると・・・・落石ではなく人間が落ちて来た。

私達より50b位前を先行していた3人組み学生パーティのリーダーが落石を受けて落ちてしまったみたい。
30メートル落ちてしまっていて墜落者はピクリとも動かない。
パーティーメンバーはショック状態が酷くて動こうとしないので、代わりに無線で富山県警山岳警備隊に救助を要請した。
すぐ来てくれるってコトでほっとする。
何か処置出来る事あれば・・・と思い、リーダーの状態を確認するためにザイルで懸垂下降して様子を見る。
「ムリだな・・・息はしているけど、鼻と耳から出血している」

「仲間を救いたい」ってパニックを起こしているメンバーを宥めているウチに、他のパーティーが数組集まってきた。
警備隊が来るまでにみんなで下ろすことにした。
最後の急斜面を苦労しているところに警備隊がやってきた。
早い!!私達の足だと6時間はかかるコースを2時間半で上がって来た!!皆ビックリしている。
警備隊はさすがにプロ集団、苦心していた場所もすんなり下ろし、ヘリがやってきてあっという間に遭難者を収容していった。

警備隊の体力とスキルの高さに感心し続けた一幕でした。

 
脱線が過ぎました!
89式は組立て終了です。ディテールupではなく、キットのヘタレぶりをカバーしようとしているウチに金属だらけの作品になってしまいました。塗装するのが少々惜しいような気がしてきた・・・。
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金属加工部分にメタルプライマーを塗って、サフ吹きです。
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もう3月です。明日からは真剣にジオラマに取りかかるのだ!!
追い込まれないとヤラナイのは小学生の時から変わらない習性・・・・(汗)


*お知らせ*
拙ブログにリンクさせていただいている「Bluebellさん」が、アマチュアモデラー諸氏で発行している模型webマガジン『i-modellers』にタイガーT中期型の製作記事を連載されています。
素組みであってもカッコ良く作るポイント盛りだくさんな、非常に判り易い解説です!!
是非、閲覧して見て下さいネ♪♪



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想い出 (vol.84)

2011/01/29 16:25
二十数年前のこと・・・・
「ばっかやろ〜!ちゃんと確保出来てんのか?落ちたら終りだぞ!!」
恐怖と緊張で全身がガクガクと激しく震える。
手が震えてカラビナ*を掛ける事が出来ない。
顔中が汗、涙と鼻水でグシャグシャなんだけど、顔を拭く余裕も無い。
眼下は20メートル位のガケで、その下には沢が流れている。
立っているスペースは足のサイズ分よりちょっと広いだけ・・・。
そして、背中には寝袋に収めた要救助者(仏様)。
デッドウェイトがモロに掛って自分の体力ではクリフを上がれず、ザイルに引き上げて貰う。
「掛け声出せヨ!1・2・3引け〜!」

私は大学で山岳部に所属しており、休暇時は北アルプスで山岳救助隊のバイトをしていた。
ヒトを救う事を仕事にしたい・・・なんて崇高な気持ちを持っていたワケではなく、「メシ付きで山にいれて、カッコ良さそうだ!」って軽い理由だった。
・・・・が、現実はそんな甘くはなかった。
大学では、体力だけはまぁそこそこのレベルだったのに、この世界では完全な「お味噌」扱い・・・・・いや、それより酷い「お荷物」。
分隊長を勤めていた先輩隊員からは、も〜ハンパない訓練を課されて、連日泣いていた。
ある日、ついにブチ切れて先輩隊員に喰ってかかった。
私:「なんでオレにだけこんなに厳しくするんだ!」
先輩:「お前にはどうしてもオレ達のレベル近くまで来て貰わないとならない。その為に必死なんだ。お前に追いついて貰わないと、オレ達が死んでしまうからな」
・・・・・教わる側よりも教える側の方が必死な世界があった。
最初のバイト期間(1年夏休み)はついに現場に出して貰えなかった。

そして、2年の夏休み・・・単独で登山道をパトロールしていた処、初老の男性に声を掛けられた。
「下に赤いザックのようなモノが見えるのですが・・」
確かに崖下の岩陰から赤い布のようなモノが覗いている。足元の残雪にはスリップした痕跡がある。
・・・・もしかして滑落?。
グラスで覗いてみる・・ザックではなく、レインウェアだ・・・身体が震えた。

数時間後、このバイトを始めた事を心の底から後悔していた。
「死亡確認は救助隊の仕事では無い。要救助者がどんな状態であれ、あくまで救助だ」と教わったけど、こんな状態でも救助なんだろうか?
頭は半分以上無くなっているし、肩に棒が刺さっていると思ったらそうではなく、折れた大腿骨が飛び出していた。
先輩に命じられて、飛び散った装備や身体を拾い集める・・・怖くて震えと涙が止まらない。

分隊全員で要救助者(仏様)をヘリが寄せられるトコまで引き上げた処でコールするが、天気が悪くて飛べないとの返事。
天候回復を待っているウチに先輩のラシーバーが鳴り、別の救助要請・・・イヤな予感が・・・。
先輩:「俺達分隊全員○○沢へ行くから、一人ここに残す。コウ、お前ここで待機な」
私:「(やっぱりそう来たか)・・・。オレ一人?先輩、いつ迎え来てくれるんスか?」
先輩:「ヘタすると明日かなぁ」
私:「・・・・・・」

先輩は、メンバーがザックの中に隠していたフラスコ入りのウィスキーと、チョコバーを全部私に呉れて、皆を連れてガケを上がって行った。
横にはシュラフカバーに入った仏様ではなく、要救助者。
ツイて無いと考えてはいけないと思いつつも・・・。
「一人っきりよりタチ悪いヨ〜。県警のアホンダラ〜。なんでこの程度でヘリ出せないんだよ」と毒づきながら、タバコふかしてウィスキーを飲む。
ふっと思いついて、シュラフカバーの前にウィスキーとチョコバーをお供えする。そして、近くに生えていた黒ユリも。
「どぉして落ちちゃったんですか?山頂には立てましたか?家族は?」
も〜〜する事は無いし、寒いし、少し雪は降るし、ヘンな動物の鳴き声が一晩中して怖いし、長〜〜くてツライ夜だった。
でも、星と月がとてもキレイだった・・・。

翌朝、ヘリが飛んで来て要救助者は収容されて、ご家族の元へ帰っていった。
ヘリまでは私に要救助者を背負わせて貰った。
メチャクチャ重たくって苦しかったけど、他のヒトには譲りたくなかった。
「病院で凍傷に罹っていないかチェックしよう。それにヘリ乗った事ないだろ?一緒にくるか?」って県警の隊長に言われたけど、ご家族と遭遇するのが怖くて乗らなかった。


救助活動の度に大泣きして、「もう辞める」って決意しながら4年生まで続けました。
大のオトコがよくまぁ・・・って位に泣いたなぁ〜。
もう苦しくって、辛くって、何よりも自分はこんなに能力が無いのかって悔しくて泣きました。
社会出て、ボ〜ッとしている間に40過ぎてしまい、交通事故に遭って茫然と過ごしていると、限界超えた処で必死に過ごした日々が懐かしく想い出されます。

当時の先輩隊員が定年退職されたとの葉書が届きまして、想い出を記事にさせていただきました。
駄文にお付合いいただきまして、ありがとうございました。

*カラビナ: ロッククライミング等において用いられる、D型をした金具。
一辺をバネによって開閉でき、ハーケンなどの確保点に引っ掛け、ザイルを通して用いる。

追記:「危険な人命救助は公務員が行う」という趣旨により、現在では救助の主役は警察が行い、民間救助隊が危険な救助活動を行う事はあまり無いようです。
又、私自身はあくまでも救助補助目的のバイトでしたから、レスキュー隊のような、危険な救助作業を行った事はありません。
念の為追記しました。

*お知らせ*
@私は来週から再び石川県小松市まで1週間の予定で治療に行って来ます。
お返事は2月6日行以降になりますので、お許し下さい。

A拙ブログにリンクさせていただいている「Bluebellさん」が、アマチュアモデラー諸氏で発行している模型webマガジン『i-modellers』にタイガーT中期型の製作記事を連載されています。
素組みであってもカッコ良く作るポイント盛りだくさんの非常に判り易い解説です!!
是非、閲覧して見て下さいネ♪♪





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